興行収入が232億円を越え日本映画歴代2位を達成した『君の名は。』。そんな大ヒットアニメ『君の名は。』もハリウッド映画で採用されているベストヒットの雛形”神話の法則”に沿って作られている。『君の名は。』を例にまんがポストとまんが配達員が見つけた”神話の法則”を超えて物語を自由自在に操る方法を紹介する。
ポスト「おもしろかったよ~!!」
配達員「いつになく興奮してどうしたの?」
ポスト「新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』を観てきたんだ。
恋あり、笑いあり、感動あり、涙ありで・・・うるうる・・・胸がキュンキュンしちゃったよ。配達員も劇場公開が終わる前に映画館に行くことをおすすめするよ。」
配達員「まんがポストは『君の名は。』を観て感動したんだね。」
「ボクも『君の名は。』はすでに観たよ。」
ポスト「え!?いつの間に?」
配達員「『君の名は。』は2017年1月16日現在興行収入が232億円に達した。これはアニメーションだけでなく今まで上映されたすべての日本映画で興行収入ランキング2位というとてつもない数字だ。
『君の名は。』の人気は日本だけにとどまらない。”海外では計92の国と地域での配給が決まっており、これまで公開された台湾、タイ、香港に続き、中国でも2016年12月2日に公開され、いずれも週末興行ランキングで首位を獲得。中国では公開3日間の興行収入が2・8億元(約42億円)と日本映画でこれまで最高だった「STAND BY ME ドラえもん」の2・3億元を上回り、新記録を達成した(朝日新聞社)”
『君の名は。』は世界的な映画賞も受賞している。
スペインの「シッチェス・カタロニア国際映画祭」でアニメ部門の最優秀長編作品賞を受賞、韓国の「富川国際アニメーション映画祭」では長編コンペティション部門で優秀賞と観客賞をW受賞。そしてロサンゼルス映画批評家協会賞(LAFCA)のアニメ映画賞も受賞している。」
ポスト「つまり、僕たち平凡まんが家志望者が学ぶべきエッセンスが凝縮されてるってことだね。」
配達員「そのとおり!
今回は前回の『ハリウッド映画も採用!?ベストヒットを生み出すシナリオ術』の続きだ。ボクたち平凡まんが家志望者が『君の名は。』のような大ヒット作品を生み出すにはどうすればいいのか考えてみようと思うんだ。
そのために、まずは『君の名は。』がハリウッドではもはや常識の、ベストヒットを生み出すシナリオのひな型といわれている『神話の法則』の三幕構成(12のSTAGE)に沿ってつくられているのか調べてみよう。
第一幕 出立、離別
1.日常の世界
2.冒険への誘い
3.冒険への拒絶
4.賢者との出会い
5.第一関門突破
第二幕 試練、通過儀礼
6.試練、仲間、敵対者
7.最も危険な場所への接近
8.最大の試練
9.報酬
第三幕 帰還
10.帰路
11.復活
12.宝を持って帰還
そして『君の名は。』が前回まとめた下の図のような山や谷をあらわすベストヒットのストーリーラインを描くか調べてみよう。
そしてもっと掘り下げてベストヒットのストーリーラインの山や谷はいったい何を意味しているのかを考えてみよう。
まんがポストは前回これを参考にして、”最初の事件”で小ボス、”山場、見せ場”で中ボス、”クライマックス”で大ボスがでてくるバトル漫画を描こうとしてたんだよね。」
ポスト「ドキッ!」
配達員「ベストヒットのストーリーラインは、人を夢中にさせる物語のエッセンスではあるけれど、この山と谷にあわせて大小のイベントを置けば、それで物語が面白くなるわけじゃないんだ。
山と谷を単なる事件やイベントの大小と考えてしまうと、作家のひとりよがりな作品がうまれてしまう可能性が高くなる。この山と谷には、イベントの大小という意味以上に重要な、もうひとつの意味がかくされている。そしてそれがわかれば”神話の法則”を超えて、物語を自由自在にあやつる力を手に入れられるんだ。」
(今回のお話を読む前に前回の『ハリウッド映画も採用!?ベストヒットを生み出すシナリオ術』を先に読むと理解しやすいと思います。)
ついに「君の名は。」のBlu-ray、DVDが発売されました!
「君の名は。」DVDスタンダード・エディション神木隆之介 (出演), 上白石萌音 (出演), 新海誠 (監督, 原著, 脚本) 形式: DVD
【内容紹介】
この奇跡の物語に、世界中が恋をした 「君の名は。」Blu-ray&DVD 2017年7月26日(水)発売! 【商品仕様】 ○本編107分+特典映像46分 ○仕様:本編ディスク1枚 ○封入特典:ミニキャラシール ※ミニキャラシールはコレクターズ・エディション、スペシャル・エディションと共通 【本編ディスク(DVD)】 ○仕様:片面2層/16:9 ワイドスクリーン ○音声:(1)日本語5.1chドルビーデジタル (2)日本語2.0ch ドルビーデジタル (3)英語主題歌版5.1chドルビーデジタル (4)音声ガイド2.0ch ドルビーデジタル ○字幕 (1)日本語字幕 (2)英語字幕 (3)中国語字幕 (4)英語主題歌版用字幕 ○映像特典 ・映画公開記念特番「新海誠・日本中がこの才能に恋をする。」 神木隆之介が、新海誠監督&本作を誰よりも熱く徹底解説! 更に、豪華キャストによる濃密トークなど秘蔵映像が満載。 ・英語主題歌版本編 北米公開を記念し、RADWIMPS野田洋次郎が新たに英語詞を書き下ろした英語主題歌を使用し、 セリフに英語字幕の付いた本編 ・プロモーション映像集(特報・予告・TVスポットなど) ・新海誠監督フィルモグラフィ 新海誠監督がこれまで手掛けた作品をまとめた映像 ※仕様、内容は変更になる場合がございます。ご了承ください。 内容(「キネマ旬報社」データベースより) 新海誠監督ほか気鋭のスタッフが集結し、社会現象を巻き起こした大ヒット作。夢の中で入れ替わる少年と少女の恋と運命を圧倒的な映像美とスケールで描き出す。主題歌を含む音楽を人気ロックバンド・RADWIMPSが担当。
キャラクターの共感ポイント
配達員「まず『君の名は。』の映画予告を見てみよう。そしてボクたちがどういう印象を受けるのか心の中を客観的に観察してみよう。」
ポスト「絵がすごく綺麗でリアル。三葉ちゃんがかわいい。瀧くんがかっこいい。」
配達員「”かわいい””かっこいい”というのは重要な共感ポイントの一つだ。多くの人たちが抵抗なく受け入れられるキャラクターデザインは大ヒットへの第一歩といえる。
共感ポイントについては「世界的人気まんが『ドラえもん』から人気漫画の描き方を学ぶ」でやったけどおさらいしておこう。
共感(きょうかん、英語:empathy)は、他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す。もしくはその感情のこと。《wikipedia》
※喜怒哀楽は、人間のもつさまざまな感情。喜び・怒り・悲しみ・楽しみの四つの感情のこと。
他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。また、その気持ち《kotobank》
ボク達は映画や漫画、小説を読むとき登場するキャラクターに自分自身を無意識に重ね合わせる。キャラクターに自分と似た部分、共感する部分、理想とする部分を感じキャラクターに自分自身を投影させる。このときキャラクターに自分以上の魅力があればまるで自分にもその魅力が備わったかのように気持ちよくそのキャラクターに感情移入する。」
配達員「もし三葉ちゃんが
だったら」
ポスト「ジャイ子じゃん!」
配達員「瀧くんとジャイ子のラブストーリー。ちょっと感情移入しづらいでしょ?(ジャイ子ちゃんごめんなさい)」
キャラクターの共感ポイントは見た目以外にもう一つある。それはキャラクターがどんな内面や能力をもち、何を言いどう行動するかだ。
瀧くんと三葉ちゃんは日本の漫画やアニメーションのキャラクターデザインとしてはよく見かける典型的な要素を多く含んでいる。だからボクはどこかで似たようなキャラクターをみたことがあるなと最初はそんなに魅力を感じなかった。
三葉ちゃんや瀧くんを”かわいい”、”かっこいい”というより”普通”という印象をもっていたのに、映画を観終わった後に”かわいい”、”かっこいい”と感じたなら、それはストーリー中のキャラクターの言動に共感し、それが見た目とセットになったということだ。
逆にどんなに見た目が”かわいい”、”かっこいい”キャラでも言動に共感できなければ読者はそのキャラクターに感情移入してくれない。僕達は”見た目”と”言動”がキャラクターの共感ポイントになるってことを覚えておこう。」
美しい背景描写は”新しさ”という新規性
配達員「『君の名は。』が大ヒットを記録した理由のひとつに新海監督の光り輝く繊細で緻密な美しい背景描写がよくとりあげられる。今までのアニメーションのレベルを超えた現実と見間違うばかりの背景描写という口コミを聞いて映画を見に行った人も多いんじゃないかな。実際、『君の名は。』はどのシーンをカットしてみても圧倒的な美しい映像に一瞬にして心を奪われる。
今までにない”新しさ”に人は魅了される。人間は”新しいもの”が大好きなんだ。
2009年公開のハリウッド映画『アバター』はそれまでにないリアリティのある3D描写という”新しさ”で大ヒットした。2016年任天堂の『ポケモンGO』は現実世界とゲームの融合という”新しさ”で世界中の人が夢中になった。」
ポスト「ガラケーからIPhone(スマートフォン)が登場したときの”新しさ”のインパクトもすごかったよね。」
配達員「そうだね。漫画やアニメーションでリアルな描写といえば一番に思い浮かぶのは『AKIRA』などの作品を輩出した大友克洋先生だけど、同じリアルでも全然違う。大友先生は現実をありのままにリアルに描き、新海監督は現実を光の美しさを通して描いてる。
これは同じリアルさでも見せ方を変えれば人間は別のものとして新しさを認識するってことだ。そして”新しさ”+”共感”は爆発的大ヒットに繋がりやすい。僕たちも自分の作品に”今までにない新しさ”または”形を変えた新しさ”を加えられたらそれが個性になり作品の可能性が広がるって覚えておこう。」
AKIRA(1)コミックス (KCデラックス) 大友 克洋(著)
『君の名は。』のストーリーライン
配達員「前置きが長くなった。『君の名は。』のストーリーラインを描いていこう。
下の図はクリストファー・ボグラーの『神話の法則』の三幕構成と『藤子不二雄のまんが大学』”ストーリーの運び方~読者をひきつけるお話のつくり方はこれだ!”のエッセンスを漫画にしてまとめたものだ。ベストヒットのストーリーラインは図のように山登りであらわすことができた。
それじゃあ早速、『君の名は。』のストーリーラインを漫画家ノートに描いていくよ。」
第一幕 出立、離別
●ファースト・シーン
物語は平凡な日常からはじままります。これからの展開を期待させるように始めるのがコツで、ファースト・シーンは山登りに例えると入り口にあたります。
『君の名は。』のファースト・シーン
朝、目が覚めるとなぜか泣いている。そういうことが時々ある。
みていたはずの夢はいつも思い出せない。ただ何かが消えてしまったという感覚だけが目覚めてからも長く残る。
ずっと何かを、誰かを探している。そういう気持ちに取りつかれたのはたぶんあの日から・・・あの日、星が降った日・・・
それはまるで夢の景色のように ただひたすらに美しい眺めだった・・・
ポスト「ファースト・シーンの彗星がとおりすぎる夜空は、広く深く描かれていてアニメーションとは思えない奥行を感じる美しいイラストレーションだったよ。ボクは一瞬にしてその夜空にひきこまれたんだ。映画館のスクリーンじゃなきゃこの感覚は味わえなかったかも。」
配達員「これからの展開を感じさせるナレーションも印象的だったね。実はこのファースト・シーンはクライマックス直前のシーンを一部切り取って前にもってきてあるんだ。第一幕と第二幕のストーリーの断片をつなぎあわせ、なぜ目が覚めると泣いているのか、誰を探しているのか謎の核心はこれからと読者を期待させている。
美しい映像と今後を期待させるナレーションでストーリーライングラフを作るとしたらこんな感じかな。」
stage2 冒険への誘い(瀧)
●最初の事件①
最初の事件が起こります。殺人事件、失恋、戦争など
平凡な日常に非日常がうまれ、読者をストーリーに引き込みます
三葉の”最初の事件”
朝、三葉スマートフォンのアラームで起床。
自分の体に違和感あり。おっぱいをモミモミと揉む。
妹の四葉が朝食に起こしに来る。自分の胸を揉む姉に
四葉 「お姉ちゃんなにしとるの?」
三葉 「すげえ本物っぽいなぁと思って・・・」
鏡の前で自分の顔を見て裸になる三葉
「えっえっえええ~」
ポスト「ボクも朝はスマホのアラームだよ。」
配達員「三葉の”最初の事件”は、朝目覚めると瀧くんが三葉ちゃんになってるシーンだ。自分が他人の体にはいってる、それも今まで男だったのに朝起きたら突然女の子になってるのは”日常”で起こることはない”非日常”の世界だから”最初の事件”だね。”入れ替わり”という”最初の事件”が”冒険への誘い”の誘因になっている。
朝起きたら他人になってたときの驚きは想像に難くない。
男子が女子になっておっぱいをモミモミして確かめるのも、鏡の前に裸で立ってみるのも多くの人が理解できる。入れ替わりの驚きをただ”驚いたどうしよう”という単純なものではなく、わかりやすくて誰もが共感できる少しエッチな”笑い”にしてるのが重要だね。逆にいやらしすぎると一部の人からは喜ばれるけど全体としての共感度は下がっていくから注意だね。」
ポスト「ボクはスマホのアラームに一票。」
配達員「”最初の事件”の驚き、共感度を含めるとストーリーラインは一気に上がってこんなかんじかな」
ポスト「ベストヒットのストーリーラインでは”プロローグ”のほうが”最初の事件”より前にあるはずだけどいいの?」
配達員「『進撃の巨人』第一話に学ぶ、読者を夢中にさせるストーリー”最初の事件”』のときもそうだったけど”プロローグ”より先に”最初の事件”が発生する物語はいがいに多いんだ。ストーリーラインの山や谷はそれが実際に何を意味しているのかがわかれば明確な順番はそんなに大事なことではないんだ。これは大事なことだから(後編)で話し合おう。
stage1 日常の世界(三葉)
●プロローグ①
入り口から少し入った段階。登場人物や状況を説明する部分です。
三葉の”プロローグ”
次の日の朝ご飯から宮水神社のご神体に奉納する”口噛み酒”をつくるシーンまで。
三葉ちゃんは岐阜県飛騨の糸守町に住む田舎の高校生。宮水神社の跡継ぎで家族構成はおばあちゃんと妹の四葉がいる。仲の良い同級生の女の子さやちん(名取早耶香)と坊主頭で長身の男子テッシー(勅使河原克彦)が登場する。三葉が住んでいる糸守町は父親が現町長をやっていて、近く町長選挙があり再出馬する。同級生のテッシーはオカルト好きで、父親は土建屋をやっている。三葉と四葉は宮水神社の儀式で巫女として演舞を行った後、ご神体に奉納する”口噛み酒”をつくる。
ポスト「瀧くんのおっぱいモミモミ事件の後、朝食を食べるシーンでは時間が翌日の朝になってたよ。」
配達員「ここはいきなり頭が混乱させられたね。つまり三葉の”最初の事件”で四葉ちゃんに起こされたときには瀧くんだった三葉ちゃんが、寝室から出て朝食に向かう時には翌日の朝の出来事になっていて意識は瀧くんから三葉ちゃんにもどってたんだ。
これは三葉が登校するときに
さやちん「昨日は自分の机も、ロッカーもわからず、髪は寝ぐせついとったし、記憶喪失みたいやったよ」
テッシー「ちゃんとおばあちゃんにお祓いしてもらったんか?ありゃ絶対狐憑きや」
と前日の様子を伝えるシーンがあってわかる。」
ポスト「瀧くんの一日省略されてかわいそう。」
配達員「新海監督はスピード感のある展開で物語全体の時間の流れを意図的に操作している。『君の名は。』は男女が入れ替わるファンタジー映画かと思いきやSF映画の要素も多く取り込まれてあるんだ。これはRADWIMPSの歌う映画主題歌「前前前世 」の疾走感や歌詞にもあらわれている。
それはさておき、三葉の”プロローグ”には大事な役割がある。それはプロローグ本来の役割である登場人物紹介だけでなく、思春期少年少女の”親”や”地域のしがらみ”からの自立を共感ポイントとして描いていることだ。
三葉と早耶香は自分たちが住む糸守町を
「この町いやや、狭すぎるし、濃すぎるし、さっさと卒業してはやく東京いきたいわ。電車なんか2時間に一本やし、コンビニ9時に閉まるし、本屋ないし、歯医者ないし、そのくせスナックは2軒もあるし、雇用はないし、嫁はこないし、日照時間は短いし・・・」と語っている。
「カフェに行かんか?」と誘うテッシーの言葉に二人の女子は一瞬目を輝かせるが、自販機の缶コーヒーをベンチで飲むと知った三葉はあきれて帰ってしまう。
宮水神社の儀式で三葉が妹の四葉と、世界最古の酒と紹介される”口噛み酒”(米をかんで吐き出して放置しておくだけで自然発酵してアルコールになるお酒)をつくるシーンでも同じことが描かれている。
一度口にいれて吐き出してということを同級生や町のみんなが見ている前でやるのはとても恥ずかしいことで耐えられないと思春期女子特有の気持ちを吐露しているんだ。
実際同級生に
同級生「ほれ見てみい、宮水や」
同級生「あたし絶対ムリ」
同級生「よく人前でやりよるよな。信じられんわ。」
と揶揄されている。
そしてついに三葉は感情が抑えきれず
「もうこんな町嫌や、こんな人生嫌や、来世は東京のイケメン男子にしてくださ~い。」
と大声で叫んでしまう。」
配達員「同じことが土建屋の息子テッシーにもあてはまる。
三葉ちゃんと同様テッシーも将来は父親の跡継ぎとして期待されている。
「かつひこ、週末は現場手伝え、発破つかうでな、勉強や」と父親に現場作業に加わるよう指図される。」
ポスト「高校生なら休日は友達と遊んだり部活に熱中するのが楽しい時期だよね。親に指図させられるのが一番嫌な時期だ。」
配達員「「返事は!?」と父親に求められ、「あ~!」とめんどくさそうに返したテッシーは「たまらんな~お互い」と三葉と自分の境遇を締めくくっている。
ボクはずっと都会暮らしで跡継ぎを期待されて育てられたわけではないのでこのあたりの共感度は低かったけど、田舎に住んでいたり、親に跡継ぎとして決められた人生を期待されているという人には心に響いたんじゃないかな。
一方、思春期少年少女の自立への葛藤は多くの思春期世代に受け入れられる非常に高い共感ポイントだ。このあたりからは『君の名は。』が思春期少年少女をターゲット層にしている映画であることがわかる。
ここでボク達が学ぶべきポイントはプロローグのような登場人物紹介のシーンにおいてもなんとなく紹介するのではなく読者ターゲットを意識した共感ポイントをエピソードに練りこんでいくということだね。
ただ思春期世代だけの支持で興行収入232億円(2017年1月16日現在)や邦画歴代2位は説明できない。ヒットはもっと限定的になったはずだ。実際には幅広い世代の人が『君の名は。』を支持することで大ヒットにつながった。そう考えるとまだでてきていない広い世代に響く大きな共感ポイントがどこかに隠れてそうだね。」
ポスト「四葉ちゃんの『そうや、いっそ口噛酒をいっぱいつくってさ 東京行きの資金にしたら?生写真とメイキング動画とかつけてさ”巫女の口噛酒”って名前とかつけてさ。きっと売れるわ。』というシーンは?」
配達員「それは新海監督のオヤジギャグなんじゃないかな。四葉ちゃんは小学校低学年だし・・・。」
ポスト「ということは四葉ちゃんにオヤジギャグを言わせることで配達員のようなオヤジにも共感できるポイントをこのシーンにいれこんだんだね。」
配達員「うるさいな。確かに笑ったけど。
ストーリーラインのグラフは横ばいか少し上がってこんな感じだね。」
stage2 冒険への誘い(三葉)
●最初の事件②
瀧の”最初の事件”
朝、瀧スマートフォンのアラームで起床。
どこ?ん?? 自分の体に違和感あり。瀧くんのなかに三葉ちゃん。
ん?ん?ん~なんやある・・・股間になにかついている気がして触ってみる
「うわぁああぁ」
ポスト「お互い触りあってグラフはこんなとこでしょうか(赤面)。」
stage1 日常の世界(三葉)
●プロローグ②
瀧の”プロローグ”
父親の「瀧起きたか? お前今日飯登板だっただろ。寝坊しやがって」からバイト先のシーンまで。瀧くんは父親と東京に住む高校生。仲の良い同級生に司(藤井司)、高木(高木真太)がいる。オシャレなカフェで放課後を過ごすのが日課。バイト先はイタリアレストランで先輩(奥寺 ミキ)は男子みんなの憧れ。
ポスト「三葉ちゃんの”プロローグ”は入れ替わりが元に戻った翌日の朝からはじまったけど、瀧くんの”プロローグ”は三葉ちゃんの意識がはいったその日の出来事なんだね。」
配達員「物語前半は瀧くんの描写は少なめで三葉ちゃんあるいは瀧くんにはいった三葉ちゃんの描写が多い。
瀧の”プロローグ”では瀧くんにはいった三葉ちゃんが入れ替わりの驚きを”夢”だと思いながらも憧れの東京の高校生活を三葉ちゃんらしく過ごす姿が描かれている。これはキャラクターの共感ポイントの2番目キャラクターがどんな内面や能力をもち、何を言いどう行動するかの部分だ。
見た目は瀧くんだけど中身は三葉ちゃんだから当然、仕草やちょっとした動き、言葉づかいが女の子になってしまう。瀧くんの”見た目”と三葉ちゃんの”仕草”のギャップがまわりの人たちを巻き込んで非常に上手く描かれている。
瀧の父に「瀧起きたか?お前今日飯登板だっただろ。寝坊しやがって」と言われると、申し訳なさそうにキッチンの端で遠慮しながら「すみません」と反省する。もちろん三葉が”飯登板”を知るはずないんだけど、謝る姿に読者は三葉という人物の内面をみる。
配達員「このあたりの三葉の人となりは実際の映像で表情や動き、声のトーンなどを感じないと到底理解できるものではないけど、しらじらしくなるのを承知で文字だけで書き出してみよう。」
男子としてはじめてトイレに行くシーンでは
「はぁ~リアルすぎ」とため息をもらす。
ポスト「見たんだね。」
ピロリロリン♪
携帯の着信音に内股で「ひゃっ」と驚く。
メールの差出人は司。
三葉「だれ~?」
憧れの東京の街に「東京や~」と目を輝かせながら登校する。
なんとか学校にたどり着いた三葉は、うしろから「た~き」と声をかけられる。
三葉「司君?」
司「君付け?反省の表明?」
メールを返さなかったことを”君付け”で反省していると勘違いされた三葉は、
高木「迷った?おまえさあ、どうやったら通学で道に迷えんだよ」
一人小さく正坐して
三葉「わたし・・・」
高木「わたし?」
三葉「わたくし?」
司、高木「ん?」
三葉「ぼく?」
司、高木「ああ?」
三葉「俺?」
司、高木「うん」
三葉「俺・・・楽しかったんやよ、なんか東京って毎日お祭りみたい・・・」
と自分の一人称を確認する。
ポスト「自分のことを”わたくし”っていう女の子に出会ったことないけどね。」
高木「放課後カフェいかね?」
司「あ~例の?」
三葉「(顔を赤らめ)
え~?カフェ!?」
配達員「田舎に住む女子高校生は東京の洗練されたカフェにそんなに憧れるのだろうか・・・カフェのエピソードは三葉の”プロローグ”のベンチカフェの伏線が効いている。」
メニューをみて
三葉「このパンケーキ代でオレ一か月は暮らせる・・・」
司「いつの時代の人だよ。おまえは。」
三葉「ま~いっか。夢やし。」
パンケーキを食べながら
三葉「あ~いいね!」とほっこりする。
ピロリロリン♪
携帯に着信
三葉「え~どうしよ。俺バイト遅刻だって」
司「はやくいったら?」
三葉「うん・・・あ、あのう・・・
オレのバイト先ってどこやっけ?」
司、高木「はあ?」
配達員「瀧のバイトはイタリアンレストランのウェイター。不慣れな仕事に目をつけられたのかチンピラ風の男たちにピザに楊枝がはいってたと因縁をつけられる。しかし三葉はイタリアンの厨房で楊枝がはいるわけないと正論を言い客を怒らせてしまう。
そこに現れたのが先輩の奥寺ミキだ。「お代は結構ですので」と客を気遣いながら三葉を助ける。しかしチンピラはどこまでも性根が曲がっていたのか気づかれないようカッターでスカートを切り裂いて帰っていく。
スカートに気づいた三葉は奥寺先輩を別室に呼びだし
三葉「スカート脱いでください!」と言ってしまう。
奥寺先輩「ええ~?」
今自分が男になっていることを思い出した三葉は
三葉「え、えああ、向こう向いてますから」
奥寺先輩「(疑いの目で)えぇ?」
ポスト「新海監督わりと下ネタ多いよね。」
助けてくれたお礼に三葉はイラストの刺繍入りでスカートを縫う。
奥寺先輩「前よりかわいい!瀧くんって女子力高いんだね!」と意気投合する。
バイトを終えた三葉は瀧の携帯をみる。
三葉「この子日記つけとる。
(奥寺先輩の写真をみつけて)片思いかな・・・(笑)」
瀧(三葉)の就寝とともに入れ替わりが解消する・・・
配達員「三葉の人となりが少しは伝わっただろうか・・・
物語に直接関係のない一見無駄なエピソードも盛り込まれている。」
ポスト「チンピラカッター。」
配達員「僕たち平凡まんが家志望者がここから学ぶことはなんだろう?
ボクはキャラクターをストーリーを動かすコマにしないということだと感じた。ストーリーを進行するために必要なセリフだけに絞るならもっと短く編集することも可能だったはずだ。
漫画は”ストーリー”より”キャラクター”が大事だとよく言われている。
キャラクターをストーリーに沿った動きに縛ってしまうとキャラクターの内面や能力、言動が制限されてしまい読者にその魅力が十分に伝わらない可能性がある。多少ストーリーを脱線させてもキャラクターの魅力を十分に描いたほうが読者にとって共感ポイントが高くなる。なぜなら人間は形のないストーリーよりも自分と同じ人型のキャラクターに感情移入しやすいからだとボクは思う。
実際、読者はストーリーよりキャラクターを応援する。そしてキャラクター商品を買うとき、外見的価値だけでなく内面的価値も含めてキャラクター商品を欲しいと思う。」
stage5 第一関門突破
●瀧と三葉のプロローグまとめ
配達員「就寝とともに入れ替わりが解消した次の日・・・瀧と三葉のプロローグの最後に”両者まとめ”のエピソードがある。自分たちの入れ替わりが夢ではなく現実だったと知るシーンだ。
瀧「なんだこれ?なんだこれ?」
朝目覚めると腕に”うぬぼれるな”の落書きがされてあり、携帯には三葉が操作した痕跡が・・・。学校ではつかさと高木に「バイトの行先わかるのか?」と茶化されるがなんのことかわからない。
バイト先では仲間に「昨日あの後どうなった?」と奥寺先輩と一緒に帰ったことを質問責めにされるが瀧には前日の記憶がない。
一方三葉も、
四葉「お姉ちゃん、今日はおっぱいさわっとらんね。」と言われ
三葉「おっぱい?」
と誰かが自分のおっぱいを触っていたことを知る。
学校ではまわりの視線を集める三葉・・・
さやちん「きのうのあれは目立ったもんな」
三葉「はあ?」
町長選に再出馬する父のことをクラスメイトに中傷され、昨日三葉は机を蹴っ飛ばしたという。
三葉「なっ・・なっ・・・なによそれ・・・」
三葉は学校から急いで帰り昨日のノートを確認すると身に覚えのない落書きが・・・
瀧のほうは携帯に身に覚えのない書き込みが・・・
三葉「これってこれってもしかして・・・」
瀧「これってもしかして本当に・・・」
三葉「あたし夢の中であの男の子と・・・」
瀧「おれは夢の中であの女と・・・」
瀧、三葉「いれかわってる!?」
二人は”眠り”をトリガーにして入れ替わりが起きていることに気づく。入れ替わっていた時の記憶はだんだん不鮮明になってしまうけど周囲の反応が証明していると結論づける。そしてこの謎現象を乗り切るためにお互いルールや注意点、禁止事項、出来事を携帯に残し協力しあうことを取り決めるが・・・
瀧「人の金を無駄づかいすんな。」
三葉「食べてるのは君の体。わたしだってバイトしてるし~。」
三葉「あなたバイトいれすぎ。」
瀧「おまえの無駄づかいのせいだろ。」
三葉「今日は帰りに奥寺先輩とお茶。君たちの仲は順調だよ。」
瀧「オレの人間関係かえるなよ。」
三葉「ちょっと瀧くん、なんで女子に告白されてんの?」
瀧「おまえおれに人生あづけたほうがもてんじゃね?」
三葉「うぬぼれんといてよね。彼女いないくせに。」
瀧「おまえだっていねえじゃねえか。」
三葉「わたしは・・・」
瀧「おれは・・・」
三葉、瀧「いないんじゃなくてつくらないの!!」
と締めくくっている。」
ポスト「ぷぷぷ・・・彼女いない配達員には共感ポイントだね。」
配達員「うるさい!」
配達員「夢だと思っていたことが現実と知ってお互い協力しあうことを取り決めたことは、非日常へのポジティブなアクションといえるから第一関門突破だ。STAGEは前後関係が逆だったりまだでてきてないものもあるけど、ストーリーラインの山や谷はおおよそベストヒットのストーリーラインと同じ軌道を描いている。
ストーリーラインの山や谷が何を意味するのかだんだん見えてきたかな。
横軸は・・・」
ポスト「じ・・・じ時間!?」
配達員「そうだね。ストーリー中の時間の流れの意味もあるけど、ストーリー中の時間の流れは過去に戻ったり未来にとんだり作品によって違うから、厳密にいえばストーリーの”始まり”から”終わり”にむかう直線的な”展開”だね。漫画でいうと”ページの流れ”と言い換えることもできる。
問題は縦軸が何を意味するかだ。
物語前半は瀧くんの描写は少なめで、三葉ちゃんあるいは瀧くんにはいった三葉ちゃんの日常生活の描写が多かった。
実は中盤の”あるシーン”から三葉ちゃんの登場がまったくなくなり、瀧くんがそれをつなぐことになる。
前半に三葉ちゃんの登場を集中させ共感ポイントを蓄積することは、読者を三葉ちゃんに感情移入させ”あるシーン”からクライマックスまでを効果的にみせるために有効な演出になる。この効果は後々、ストーリーラインにもあらわれてくるから注目だね。
次回は中盤からクライマックス、そしてラストシーンまでのストーリーラインを完成させよう。そしてストーリーラインの縦軸が何を意味しているのかつきとめよう。」
ポスト「ボクたち平凡まんが家志望者が”神話の法則”を超えて物語を自由自在に操る力を手にいれられるのももうすぐだね。」
~漫画家ノートNo.14~
キャラクターの共感ポイント
”新しさ”という新規性
読者ターゲットにあわせた共感ポイントを
ストーリーラインの横軸は”始まり”から”終わり”に流れる直線的な”展開”
●キャラクターの共感ポイント
一つ目 かわいい、かっこいいのような見た目。
二つ目 内面や能力、言動。
読者は自分でも気づかないほどキャラクターから無意識に情報を取得している。読者は登場するキャラクターを無意識に自分自身と重ね合わせ、キャラクターに自分と似た部分、共感する部分、理想とする部分を感じキャラクターに自分自身を投影させる。このときキャラクターに自分以上の魅力があれば読者はまるで自分にもその魅力が備わったかのように気持ちよくそのキャラクターに感情移入する。
ストーリーに沿った動きにキャラクターを縛ってしまうとキャラクターの内面や能力、言動が制限されてしまい読者にその魅力が十分に伝わらない可能性がある。多少ストーリーを脱線させてもキャラクターの魅力を十分に描いたほうが読者にとって共感ポイントが高くなる。なぜなら人間は形のないストーリーよりも自分と同じ人型のキャラクターに感情移入しやすいからだと思う。
実際、読者はストーリーよりキャラクターを応援する。そして応援するキャラクター商品を買うとき、外見的価値だけでなく内面的価値も含めてキャラクター商品を買う。平凡まんが家志望者のボクたちはキャラクター表を充実させなきゃいけないね。
●”新しさ”という新規性
人間は”新しい”ものが大好き。”新しさ”+”共感”
は爆発的大ヒットに繋がりやすい。僕たちも自分の作品に”今までにない新しさ”または”形を変えた新しさ”を加えられたらそれが個性になり作品の可能性が広がるって覚えておこう。
●読者ターゲットにあわせた共感ポイントを
プロローグのような登場人物紹介のシーンにおいてもなんとなく紹介するのではなく読者ターゲットを意識した共感ポイントをエピソードに練りこんでいく
●ストーリーラインの横軸
ストーリーラインの横軸は”始まり”から”終わり”にむかう直線的な”展開”。漫画でいうと”ページの流れ”と言い換えることもできる。
ポスト「今回は久しぶりの投稿だけど、めちゃくちゃ長くて疲れたね。」
配達員「そうだね。最後は覚えているセリフを羅列するのが精一杯だった。
今回、キャラクターの共感ポイントをやったけど、じゃあ実際どうやってキャラクターをつくればいいの?という疑問がわいてくる。これに参考になる本があるからひとつ紹介しておこう。
『荒木飛呂彦の漫画術』だ。荒木先生は本のなかで、キャラクターを絵にする前に必ず『身上調査書』というキャラクター表をつくると語っている。これは『ジョジョ』の連載が始まる前から40年以上続けられているそうで、キャラクターを60項目で肉付けする荒木先生の企業秘密がつまった”秘伝のたれ”とまで言いきっているんだ。プロのキャラ表を見れるなんて興奮するよね。」
『荒木飛呂彦の漫画術』(集英社新書)荒木 飛呂彦 (著)
この本は、いわば僕にとって漫画界への恩返しのようなもので、今まで学んできた「漫画の王道」を次の世代に伝えることによって、これまでの漫画を超 えるような作品が生まれてきてほしいと願っています。これからの漫画界の繁栄につながってくれるのであれば、それにまさる喜びはありません。
『君の名は。Another Side:Earthbound』(角川スニーカー文庫)
加納 新太 (著), 田中 将賀 (イラスト), 朝日川 日和 (イラスト), & 2 その他
『君の名は。』の謎が解かれる。
第一話 瀧
映画ではあまり触れられなかった三葉に入っている時の瀧の物語。思春期女子の体にはいってしまった思春期男子の心情を描く。突然都会の生活から田舎に放り込まれ、祖母の一葉や妹の四葉、友達のさやちんやテッシーなど周囲の人たちとの関わり合いの中で、瀧は次第に誰よりも三葉を理解していく。
第二話 テッシー
なぜあの夜テッシーは三葉の話を信じて村の発電所にダイナマイトを仕掛けたのか。狭く閉鎖的な田舎町で土建屋の跡継ぎとして決められた人生を歩まざるを得ないテッシーの思春期の心の葛藤が描かれる。
第三話 四葉
早熟な四葉の物語。ころころと態度がかわる姉を心配する姿が四葉視点でコミカルに描かれる。自分のつくった”口噛み酒”を口にすることで宮水神社の巫女とは一体何なのかが明らかに
第四話 宮水(溝口)俊樹
父俊樹の物語。三葉の母であり俊樹の妻二葉との出会い。二葉の死後、宮水家をでて市長を志した理由。娘たちへの態度。なぜあの日、あれほど冷淡だった俊樹が三葉の説得に応じ町民を強制避難させたのか。映画では描かれなかった『君の名は。』のすべてがここにある。
『小説 君の名は。』(角川文庫)新海 誠 (著)
山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は、自分が男の子になる夢を見る。見慣れない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。一報、東京で暮らす男子高校生・瀧も、山奥の町で自分が女子高校生になる夢を見る。やがて二人は夢の中で入れ替わっていることに気づくが――。出会うことのない二人の出逢いから、運命の歯車が動き出す。長編アニメーション『君の名は。』の、新海誠監督みずから執筆した原作小説。