配達員「『北斗の拳』は1983年~88年に週間少年ジャンプで連載、開始3ヶ月でジャンプの部数を50万部も伸ばし、日本だけでなく海外にも輸出され、世界中の子供たちの間で大人気になった漫画だ。
一方で、人間が残虐にあつかわれる描写に批判も多く、『北斗の拳』が放送された当時、ヨーロッパなどでは、”日本の漫画は子供に見せたくない”という声も多かった。
暴力がすべてを支配する世紀末の世界・・・力のある者が民衆を支配し、気にくわなければ殺してしまう。頭が破裂し、肉体がくだけ散る・・・こういった部分だけにフォーカスするなら、たしかに『北斗の拳』は”子供に見せたくない残虐なまんが”といわれてもしかたがない。
そんな一見すると残虐な印象の『北斗の拳』だけど、なぜケンシロウは子供たちのヒーローでありつづけたのか・・・実はここに『北斗の拳』のストーリーの根底にながれる、多くの人に共通する”共感ポイント”があるんだ。」
ポスト「あたたたたたたたた!」
配達員「『北斗の拳』の共感ポイントは、日本人だけでなく国境や人種を越えて、世界の人の心を動かすほど非常に強い共感ポイントなんだ。悪用すると人の心を操ることだってできてしまうんだよ・・・」
なぜケンシロウは大量殺人をしても許されるのか
『北斗の拳』(集英社) 原作:武論尊 作画:原哲夫
西暦199X年、地球は核の炎に包まれた。地上は荒廃し、国家や法は力を失い、暴力がすべてを支配する時代になった。わずかな水や食糧をめぐって争いがおき、子供、女、老人、弱い者は力のあるものに支配され、抵抗する者は無差別に殺された。そこにあらわれた謎の男ケンシロウ。伝説の暗殺拳”北斗神拳”をつかい卑劣な悪党どもをつぎつぎとなぎ倒す。ケンシロウは弱き民衆の味方、世紀末救世主と呼ばれた。
~暴虐!句法眼!!の巻~(北斗の拳【究極版】6 (ゼノンコミックスDX) 収録)
ラオウに秘孔をつかれ3日の命を言いわたされ苦しむレイ。マミヤはレイの痛みを少しでもやわらげようと、薬を求めメディスンシティーに向かう。しかしそこは句法眼ガルフが支配する町だった。ガルフは多くの悪党を従え、民衆を暴力と法で支配していた。ガルフの法とは江戸時代の将軍徳川綱吉が犬の虐待、殺生を禁じた”生類憐れみの令”をさらに悪法にした”人間の命よりも犬の命のほうが大事”というものだった。
「キャーッ だれか助けて~!!」
母親の悲鳴がひびきわたるところから物語は始まる。
句法眼ガルフが支配する荒廃した街、メディスンシティー。まだ幼くて小さなかわいい男の子が、全身黒い毛でおおわれた、巨大で凶暴な犬に、右腕をガブガブと噛みちぎられそうになっている。右腕からは流血し、泣き叫んでいる・・・。
ポスト「大変大変!!早く助けなきゃ!!」
母親は泣き叫びながら街の人に助けを求めるが、皆見てみぬふり・・・その犬はガルフの犬。手を出すと何をされるかわからない・・・。
手出しができないことをいいことに、馬乗りになり男の子を執拗に痛めつけつづける・・・そして最後のとどめとばかりに、のどを噛み切ろうと牙をむいた!
配達員「緊迫した場面だけど、実はこのワンシーンだけをとってみても、『北斗の拳』で繰り返し使われている人の心を動かす”共感ポイント”をみつけることができる。
つまり
幼くて、小さな、かわいい、男の子(子供)が
暴力で支配する、不条理な支配者の、巨大で、凶暴な犬に
無惨に殺されようとしているという対比の構造だ。
配達員「もうワンシーンみてみよう。」
メディスンシティーに着いたマミヤは、背後から凶暴なドーメルマンに襲われる・・・すんででかわしドーベルマンを倒すが、ガルフとその手下にみつかってしまう。
ガルフ「き・・・きさま〜わしの大事な友になんてことしやがる!!」
ガルフは頭がはげ、右目はつぶれ、腹がでっぷりとでた身長3mくらいの醜い大男だ。彼の手下も2mをこえる大男たちで、頭はモヒカン、ヒゲをたくわえ、筋肉隆々で、『北斗の拳』に登場するザコキャラは皆、悪党面とイカレタ話し方が特徴だ。
マミヤは捕らえられ柱に縛りつけられる。
配達員「そしてガルフの手下はマミヤを的にして、輪投げを始める。ただの輪投げじゃない。金属の針がびっしりついた輪っかをつかう。
村の男が輪投げを強制される。しかしあたれば当然マミヤは血まみれになって死んでしまう。そんな恐ろしいことはできない。男はわざとはずすが、ガルフの手下はみのがさなかった。わざとはずした罪で男は肋骨を折られ、顔面をナイフで切り刻まれ殺されてしまう。」
ポスト「めちゃくちゃだ。」
ガルフは愛犬のセキに問う
ガルフ「のうセキよ、あの女無罪か死刑か!?」
セキ「ワアン!!」
ガルフ「そうかやっぱり死刑か 死刑台を用意しろ~」
死刑台にのせられるマミヤ・・・
ガルフの手下「フヒヒヒ
おれがレバーを引いた瞬間おまえはくしざしだ!
へへへ みろ これを 痛そうだろ~!!
おれはいい女が悶え死ぬのが一番好きなんだ
イ~ヒャハハハハ~ッ!!」
配達員「ここまでのシーンから
薬を探しにきただけの、美しい女性
人殺しは悪いことだと考える、常識のある村の男が
不条理な法律と、暴力で支配する、容姿は醜く、頭のイカレタ、体の大きな悪党に
無惨に殺されようとしているとなる。
そしてこのシーンからも、
社会的弱者 VS 社会的強者(独裁者)
子供、女性 VS イカレタ悪党
常識 VS 非常識
体の小さな VS 体の大きな
美しい VS 醜い
という対比の構造をみることができる。
どちらに多くの人が共感するかは明確だ。人間が本能的に共感するシーンをつくりだすために、作者は悪党にこれでもかこれでもか、あの手この手と毎回きり口をかえながら、子供、老人、女、市民にたいして弱いものいじめをさせているのである。主要キャラクターのバトルをのぞけば、『北斗の拳』のストーリーの根底で繰り返し行われてるのはこれだけといっても過言ではない。
そして、この勧善懲悪型の共感ポイントは、文化や人種に関係なく人間の本能にうったえかける。
配達員「仮にこういうニュースがあったらどう思う?」
軍事施設にほど近い子供たちが通う学校に、他国からミサイルが撃ち込まれた。
学校は大破し、1000人ちかい子供たちが皆殺しにされた。
TVのニュースは連日、子供たちの状況を生々しく放送する。軍事施設をねらったミサイルが誤って学校に着弾した。国民は怒りと悲しみにつつまれた。
ポスト「仮にしてもひどいよ。どんな理由だとしても、ボク許せない!!」
他国が関与した明らかな証拠がみつかった。ミサイルの破片が他国のものと判明したというのだ。確たる証拠があることを発表するが、相手はそれを認めない。そればかりか、ある情報筋から再びミサイル攻撃があるという情報がながれた。
配達員「これは作り話だけど、信用のある報道機関が他国がこんなに悪いことをした、こんなことをたくらんでいると情報をながし、時の権力者が積極的にナショナリズムを高揚させれば、その情報の真偽があいまいであっても、国全体を戦争にかりたてるなど多くの人の心を誘導することもできるんだ。これは歴史が証明してる。
そして、起こった出来事が悲惨であれば悲惨であるほど多くの人の心を簡単に誘導することができる。これは国境や文化、人種をこえて人間の本能に触れる部分で、場合によってはこんなにひどいことをやったんだから相手が殺されてもしょうがないと思ってしまうのが人間なんだ。世界の紛争やテロをみるとよくわかる。
一方、子供どうしがおもちゃの取り合いをしていて、取り上げたほうの子供にケンシロウの”アチョー”は許されない。子供が血しぶきをあげて砕け散ったら、読者は共感できない。ケンシロウの”アチョー”が許されるのは、悪党が数々の残虐な行為をし、読者がそれを許せないと感じるからなのである。」
ポスト「つまり人が不正義によって理不尽に死ねば、みんな読みたがるんだね。」
配達員「いや、まあそういう話が多いのは現実だけど、ボクたちとしては人間の本能に触れる共感ポイントを新しい発想で・・・。」
ポスト「よっしゃ~。ビシバシ人が死んでいく漫画を描こう!
めざせ!印税ガッポガッポ~!!」
配達員「おい!!(怒)」
~漫画家ノートNo.9~
文化や人種をこえた人間に共通する”本能”に触れる共感ポイントをえがくと、世界の人の心を動かすストーリーをつくることができる
勧善懲悪は人間の”本能”に触れる共感ポイントのひとつだ。罪のない人が不正義によって理不尽にあつかわれる、生死にかかわるという展開は、古くは『水戸黄門』から最近では『半沢直樹』、全世界にエンターテインメントを展開するハリウッド映画、大人向けだけでなく児童向けのウルトラマンや仮面ライダーなどの特撮ものまで、幅広く多くの物語で利用されている。
読者を感情移入させるためのひとつの方法は、共感するキャラクターと共感しないキャラクターを強烈に対比させ、共感するキャラクターをあの手この手と追い込んでいくこと
非常に強い共感ポイントは人の心を動かすだけでなく、人の心を操る力がある。
配達員「『北斗の拳』を読んで気づいたこと。人間の”本能”に触れる共感ポイントを新しい発想(今まで見たことないカタチ)で描くことができたら、世界でも通用する面白い話が描けるんじゃないかなぁってボクは思うんだけど。」
ポスト「人間の本能、本のう、ほんのう・・・・・エロか!!」
配達員「・・・・・」
ポスト「今回も、最後まで読んでくれてありがとう。
『北斗の拳』って面白いよね!この歌をきくと熱い心がよみがえる!!」
共感ポイントについて詳しくはこちら
原作:武論尊 作画:原哲夫
人間が本能的に共感するシーンをつくりだすために、悪党にこれでもかこれでもか、あの手この手と毎回きり口をかえながら、子供、老人、女、市民にたいして弱いものいじめをさせ、ケンシロウにやっつけさせる。『北斗の拳』の魅力はもちろんこれだけじゃないけど、これだけの巻数を切り口をかえながら飽きさせず繰り返すのは大変なことだ。ボクたち漫画家志望者にとって人の心を動かす物語をつくる大いなる参考書だ。