配達員「『週刊少年ジャンプ』や『週刊少年マガジン』、『週刊少年サンデー』といった有名少年誌でさえ、徐々に販売部数が落ちていて、漫画雑誌の売れゆきがいぜんとして厳しいことがわかった。」
ポスト「そんな中連載を開始した『妖怪ウォッチ』は、56万部まで下がっていたコロコロコミックの部数を、2014年9月号までに100万部まで伸ばしたんだよね。」
配達員「そうなんだ。多くの漫画雑誌が伸び悩むなか、『妖怪ウォッチ』はなぜコロコロコミックの部数を倍近くも伸ばすことができたんだろう。
今回は、前回紹介した企業規模でしかできないクロスメディア戦略はおいておいて、紙とペンしかないボクたち平凡まんが家志望者でもできる”ヒットの秘密”を探ってみようと思うんだ。」
ポスト「ワクワク!”ヒットの秘密”をとりいれることで、ボクたちも売れる漫画を描くことができるかもしれないってわけだね。」
配達員「『妖怪ウォッチ』が人気なのは知ってるけど、そのエッセンスを自分の作品にどうとりいれたらいいのかまで考えている人は少ないんじゃないかな。ヒットの裏には地道な作業があったんだ。」
ボクたち平凡まんが家志望者でもできる『妖怪ウォッチ』ヒットの秘密
”主人公ケータ君のキャラクター設定”
配達員「『妖怪ウォッチ』の生みの親LEVEL5の日野さんは、主人公のキャラクター設定について、次のように話している。
みんなが共感する主人公像は、個性がない子というか、何をやっても普通の子。トップにもなれず、ドンケツでもない。上と下をカットした真ん中の70%ぐらいに入ってるような、そういう「普通」と呼ばれている子たちが、いちばん感情移入できる主人公像なんだろうと思った。そこで、妖怪ウォッチの主人公の「ケータ」は、いわゆる普通の子。普通ということが”欠点”の子という設定にしたんです。
配達員「なるほど。コミックスの『妖怪ウォッチ』の第一話、冒頭シーンをみてみよう
町並みの風景から主人公ケータ君の登場するシーンへうつり、ナレーションがはいる
「オレ、天野ケータ。普通の小学生。
勉強はもちろん、走るのが速いわけでも遅いわけでもなく、普通!!
野球、サッカー、ゲーム、なにをやっても普通!!
なんの取り柄もなく、なんの個性もない
ごくごく・・・普通の小学生!!」
みずから4回も”普通”を連呼しながら登場する。
そしてこの”普通”というキーワードは初回にかぎらず、さまざまなシーンで使われているんだ。これは自分のことを”普通”だと思っている70%の読者を、感情移入させる狙いがあったんだ。
え?”普通”を連呼するだけで感情移入なんてしないって?
日野さんは”普通”ということが”欠点の子”と語っている。人は自分と同じ欠点をもつ人には感情移入しやすい。そう考えると現代は、”普通”ということがマイナスのイメージでとらえられている時代なのかもしれない。さらに連呼の効果というのもバカにできない。何度も見たり、聞いたりする単純接触効果は、よい感情をひき起こす。たとえばよく会う人や、何度も聞いている音楽を好きになっていくように(ザイアンスの法則といわれている)。
ここからわかることは何だろう・・・
ボクたちが主人公やキャラクターをつくるときには、自分の作品を読んでくれる読者(以降、ターゲットの読者という)が感情移入しやすい要素を、キャラクターの中に計画的にとりこんでおくことが大事だと教えてくれているんだ。
特に主人公などの重要なキャラクターの場合は、高い割合の人が感情移入してくれるキャラクター設定を行うことが大事だね。」
ボクたち平凡まんが家志望者でもできる『妖怪ウォッチ』ヒットの秘密
”小学生の悩みをストーリーの共感材料につかった”
配達員「さらに日野さんは、『妖怪ウォッチ』を開発するにあたって、親子にアンケートを行い、子どもたちが解決したいと思っている悩みを500件以上調べたそうだよ。」
小学生の悩みを調べてリスト化したんです。アニメの第2話で扱った「トイレの『大』に行けない」というのは、小学生男子の切実な悩みなんですよ。ほかにも、お母さんが忘れ物を学校に届けに来たらそうとう恥ずかしいとか、ちょっとカッコ悪いとかですね。
そういった今の子たちが普通に共感できるエピソードを作品の中に取り入れた。丁寧にそれをやることで共感と呼べる仕組みを作る。子供たちが遠い漫画の中の世界じゃなくて、つい昨日、学校で起こってたことがそこに出てくるみたいな。それが妖怪ウォッチの基礎世界観の成り立ちなんですよ。
配達員「ここで注目したいのは”共感できるエピソードを作品の中に取り入れた。丁寧にそれをやることで共感と呼べる仕組みを作る”の部分。」
ポスト「キョウカン!?
キョウカンと言えば、前にやったような・・・たしか・・・共感ポイント!」
配達員「そう。”世界的人気まんが『ドラえもん』から人気漫画の描き方を学ぶ”のなかで、人気漫画を描くためには読者が共感しやすい”共感ポイント”を作品の中に盛り込むことが大事って結論になったよね。
そのときの漫画家ノートを、もう一度みなおしてみよう。」
~漫画家ノートNo.6~
人気漫画にはたくさんの人が共感する”共感ポイント”がある
つまりたくさんの人が共感するポイントを作品の中に盛り込むことができれば、ボクたち平凡まんが家志望者も人気漫画家になれるチャンスが!・・・中略・・・自分の作品の具体的にどの部分が、対象とする読者層の何パーセントに響く共感要素をもってるのか考えてみることが大事。心をとらえる読者の数で大人気漫画になるか、中人気漫画か、小人気か、それともあまり人気がとれそうにないのか予想することができる。
配達員「日野さんは、はじめから小学生が共感するものをつくると決め、その中でも”悩み”にスポットをあてて共感するストーリーをつくりあげた。人が共感するものにはいろんなものがあるけど、”悩み”は最も共感しやすいものの一つなんだ。そして、購買につながりやすいものの一つでもある。
たとえば
- 薄毛に悩んでいるあなたに!この育毛剤はあなたの髪をフサフサにかえる
- 最近、食べすぎで体重が気になっていませんか?どんなに食べても体重が増えることなく、理想の体型が手にはいるダイエット法があります・・・など
じゃあ実際に、『妖怪ウォッチ』が”小学生の悩み”をどう共感と呼べる仕組みにしているのか、みてみよう。
小学生全国テストの結果の日・・・
ガキ大将のクマは、カンチとケータの3人で、テストの点数を発表しあう。
クマは、裏っかえしていたテストをめくって自分の点数を披露する、
ガーンなんと50点!
落ち込むクマ。
頭脳派カンチは余裕の96点
キャラクター設定で”普通”のらく印をおされたケータ君は、ここでも2人の点数の平均あたり72点だった。
テストの点数で悩むのは小学生にかぎらない。多くの人が経験したことのある”共感ポイント”だ。物語の導入部にもってくることで、多くの読者をひきこんでいる。
この回では、テストの点数を見せあうだけだけど、
カンチの96点は、前日に先生の机からテストを盗んだからとれた点数だった。クマは徹夜で勉強したけど、登校途中、道に迷ってる人を助けて遅刻したので50点だったなど、掘り下げたエピソードを描くことによって、見てる人の共感度は、強くなったり弱くなったりするんだ。
日野さんの言葉にある”丁寧にそれをやることで共感と呼べる仕組みを作る”の丁寧っていうのは、狙った共感をおこすために、どういうエピソードや見せ方が良いのかを、丁寧につくりあげるってことだと思ったよ。
話をもとにもどそう
その日の下校途中
夕暮れのなか、フミちゃんが公園でため息をついている。
心配になったケータ君はどうしたのか尋ねるけど、とりあってくれない。元気がないフミちゃんをほっとけない。ケータ君は、妖怪ウォッチで”妖怪バクロバァ”をよびだすことにした。
”妖怪バクロバァ”は、人の秘密をつつみかくさずなんでも暴露してしまうというこわ~い妖怪。これでフミちゃんの悩みがなんなのかがわかる。
「ママにぜったい言えないよ。テストで100点とれなかったなんて・・・」
フミちゃんはテストの点数が思うようにいかなくて悩んでたんだね。
すんでしまったテストを今さらどうすることもできない。
ケータ君はバクロバァに、このままフミちゃんにとりついてもらおうと考えた。
「ただいま・・・」
元気なく家に帰ってきたフミちゃん。
様子がおかしいことに気づいたママは
「どうしたの?何かあった?」と尋ねる。
「ママ、今日の全国テストで、わたし100点とれなかった。ごめんなさい・・・」と暴露してしまう。
それを聞いたママは
「いいのよ。いつも100点なんてとれっこないわよ。次にまたがんばればいいじゃない。」と優しく語りかける。
時には正直に言うことも大事なんだねと結んでいる。
子どもたちは実は、子どもの社会の中では真剣に悩んでいる。それを妖怪ウォッチは、『たいしたことじゃないよ』と笑い飛ばす。
『悩む必要はない』とメッセージを発信できる。
ポスト「子供たちは、自分たちの身近な”悩み”をみせてくれる『妖怪ウォッチ』に共感し、最後にそれを解決したり、笑い飛ばしたりしてくれることで、気持ちをスッと軽くさせているんだね。」
配達員「その気持ちをスッと軽くさせてくれる部分は、物語論でいう”カタルシス”にあたる部分だ。”カタルシス”っていうのは、その漫画を読んで心が晴れやかになったり、沈んだ気持ちから解放されてスッキリしたりする快感のことをいうんだ。このお話でいえば、ときとしてテストの点数が悪いときがあるかもしれないけど、次にまたがんばればいいじゃない!ってところだね。
『妖怪ウォッチ』は、ケータ君のキャラクターを”普通”にすることで、多くの小学生を感情移入させ、小学生の”悩み”をストーリーにとりこむことで共感をえて、それを最後に解決したり笑いにしたりすることで”カタルシス”を感じるようにつくられてるんだ。
ポスト「う〜ん・・・ボクは50点のクマくんには共感できるけど、100点とれなくて悩むフミちゃんにはまったく共感できないなぁ・・・」
配達員「ああ・・・点数の話?
大丈夫。まんがポストみたいな人もちゃ~んと物語に共感できるように、日野さんはクマくんの点数を50点に設定したんだよ。」
ポスト「え?え?え?・・・どういうこと!?」
配達員「上から下までとりこぼすことなく共感させるとは・・・
う~ん、おそるべし『妖怪ウォッチ』!!」
~漫画家ノートNo.8~
<売れる漫画を描く方法>
”共感” → ”カタルシス(快感)”というながれをつくる
【キャラクター】
主人公やキャラクターをつくるときは、ターゲットの読者が感情移入しやすい要素を、キャラクターの中に計画的にとりこんでおくことが大事。特に主人公などの重要なキャラクターの場合は、高い割合の人が感情移入するキャラクター設定を行う。
【ストーリー】
ストーリーのなかに、ターゲットの読者が共感する”共感ポイント”を設定する。コマ割りからセリフ、構図の細部まで、自分だけが共感する内容にならないよう丁寧につくりあげる。
『妖怪ウォッチ』は”小学生の悩み”が共感ポイントだけど、共感ポイントは自分の作品のテーマにあったものを設定する。ターゲットの読者の何%に効果があるのかもあわせて考える。もちろん高ければ高いほど売れる漫画に近づく。
【カタルシス】
最後に”共感”を爆発させてターゲットの読者に”カタルシス(快感)”を感じさせる。カタルシスのない漫画は、たぶん売れない。
追記
『妖怪ウォッチ』のヒットの仕掛けは前回紹介したクロスメディア戦略のほかにも、
■ドラえもんやポケモンなどヒット作の世界観を取り入れている
■妖怪ウォッチをつけて自分もヒーローになれるなりきりグッズ
■限定メダルなど希少性や収集欲をかきたてる品薄戦略と収集アイテム
■ジバニャンなどのキャラクターがかわいいから好き
といったものまでたくさんある。ただ、かわいくても人気のないキャラクターはクサルほどいるし、前回話し合ったとおり限定メダルをつくれば売れるわけではない。そして中身のないコンテンツをクロスメディアすると企業は倒産する。たくさんの人がどうしても欲しいと買ってしまう売れる良質なコンテンツの根底には、”たくさんの共感”がある。
ボクたちが藤子先生の本から気づきをえた、”共感ポイント”は、『妖怪ウォッチ』の大ヒットによって証明されたと言えるかもしれない。
ポスト「今回も最後まで読んでくれてありがとう。長かったねぇ~。妖怪ウォッチ「ようかい体操第一」で疲れをふっとばしてね!」